白日朝日のほーもぺーじ

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『ガタカ』について

 久しぶりに面白い映画を観た。

 誰に読ませるという意図もないサイトなので、映画の詳細を紹介するつもりはないけれど、技術進歩が近未来の社会に与える影響というビジョンを分かりやすく見せつつ、そこから作品主題へと絡める手際というか図式の提示の上手さが実にSF作品らしくてよかった。

 遺伝子によって決定論的に扱われるひとの優劣を超克して、「そこに辿りつくことは不可能」と言われ続けた未来へと辿りつく人間の話……というと難しそうな話に聞こえるのだが、いざ作品を見てみると驚くほどすんなり受け入れられる。ひとつひとつの設定やテーマが、きちんと選ばれたモチーフによって分かりやすく描かれていくのだ。

 たとえば、「『誰かの言う不可能』は不可能じゃない」という認識をヴィンセントに与えることとなる弟アントンとの度胸試しの遠泳も、土星(というか衛星のタイタン)に行きたいと願うヴィンセントの夢もそうだが、見ていて聞いていてとても分かりやすいもの。

 そして、その分かりやすさはキャラクター配置というかそれによって形づくられるテーマ図式にも見て取れる。

「ヴィンセントにとって遺伝子で語れば全く勝ち目のない弟」が超克すべきものとして最後まで立ちふさがってきたり、「成功を約束された遺伝子を持つはずが銀メダルしか獲ることが出来ず、自殺も上手くいかずに車椅子生活となったジェローム」が主人公に遺伝子情報を渡すと同時に彼の夢を受け取ったり、「ヴィンセントと同じく心臓に爆弾を抱えるガールフレンド」がヴィンセントを理解してくれたり、メインキャラクターの配置についてはほとんど一切無駄なく構成されている。

 そしてこの構成から描き出されるヴィンセントというひとりの男の物語は、宇宙に還る(別に死んではないが)という一種の祝福で閉じられることとなる。

 面白いのはヴィンセントの目的であり彼の属するガタカという組織の悲願でもあるタイタンへの航行について、驚くほどその中身が示されていないということだ。「タイタン」に行くことによって組織にとってなにがあるかとか、ヴィンセントにとってその場所自体がどういう意味を持つか、タイタンに行って具体的になにを行う予定であるか、そういうことが示されない。

「辿りつきたかった宇宙」というのはヴィンセントの目標そのものであるが、それ以外のものはなく、そこにあるのは遺伝子に支配された地球から離れたまっさらな未来であり、だからこそこの作品はタイタンに到着した彼の話で終幕としなかったのだろうか、などということを思う。

 彼の欲しがり続けた未来が、現在になる前に。

 

追記

 ジェローム(ユージーン)の最期に関してだが、ヴィンセントが夢を叶える姿に胸を打たれ、全てを託し、思い残すことがなくなったから死んだというような感傷的な話ではなく、優秀な彼の遺伝子が「この場合、足手まといとしかならない自分が死ぬ方が最良だ」と判断してしまい、その結果死を選ぶというシニカルな構図をとった可能性のほうが高そうだと作品を振り返りながら思った。